自分に代わって退職意思を伝えてくれる退職代行サービス、上司の苦言や引き止め工作による精神的ストレスを軽減できるのがメリットです。勤務先によっては顧問弁護士が在籍していることもあり、退職後に損害賠償を求められないかの心配もあります。損害賠償リスクを回避するための、退職代行業者の選び方や在籍中に水面下で取り組んでおきたいことについて解説します。
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会社を辞めて損害賠償を請求されることはある?
勤務先に退職代行サービスを通じて退職意思を伝えた後は、残っている年次有給休暇を消化後、あるいは意思表示後2週間経過するのを待って退職確定という流れとなります。
2週間経過後に雇用関係が終了する
退職(雇用契約の解約)を申し入れた日から2週間経過後に雇用関係が終了することが民法第627条で明確にされているので、確実に退職可能です。
しかし、後任者の求人費用や業務引継ぎに関する従業員の残業代などを損害と主張し、退職時期の先延ばしを考える企業もあるようです。退職後に損害賠償請求を受ける可能性はあるのでしょうか。
会社から損害賠償を請求されることはほとんどない
従業員が退職した場合、次の3つが会社の損害だと考える傾向にあります。しかし、従業員には職業選択の自由(日本国憲法第22条)があるので、人権侵害のリスクを冒してまで損害賠償請求に踏み切るとは考えにくいです。
後任者の求人費用
1つ目は、後任者の求人費用です。人員配置の決定権は会社にあり、退職者(欠員)を補充しない決定をした場合は、退職に伴う損害という根拠自体が消滅します。
業務引継ぎに伴う人件費
2つ目は、業務引継ぎに伴う人件費です。業務のマニュアル化やマルチ担当制の導入が業務効率化に有効といわれる中、退職者が出ても業務に影響が出ないような業務配分を行うのが上司の責任で、退職者に金銭責任を求めるのは現実的とはいえません。
顧客(取引先)との関係性の変化
3つ目は、顧客(取引先)との関係性の変化です。取引相手の選択が顧客の自由意思である以上、担当者の退職が取引チャンスを喪失させるきっかけと断定する材料とはなり得ず、後任者や会社の責任で関係性を維持することが妥当と考えられます。
手続きが面倒で会社からすると割に合わない
従業員の業務遂行上の過失で会社に損害が発生した場合でも全額の賠償は求められず、損害額の25%~50%程度の賠償責任にとどまるのが一般的です。
退職は従業員の自由意思であり過失とはいえず、仮に退職に伴う損害賠償を請求しようとしても「過失」であるかどうかの立証責任は会社にあるので、法的なハードルは高いです。
労働に関する金銭目的(損害賠償)の訴訟数
平成29年度裁判所司法統計によると、労働に関する金銭目的(損害賠償)の訴訟数2,406件のうち約半数(1,191件)が訴訟終結まで1年以上かかっています。1年以上かけて訴訟準備を行うマンパワーや弁護士費用を考えた場合、回収可能額と比較したコストが大きく、会社にとって割に合わないといえます。
ただし、退職後に競業他社に就職して顧客を引き抜いた場合は、損害額が明確になりやすいために損害賠償請求を受けるリスクが高くなるので要注意です。
損害賠償のリスクを避けるには
会社が退職者に対して損害賠償請求を行うハードルは高く、訴訟コストが莫大です。とはいえ、退職への報復を目的に損害賠償を求める訴訟を起こす可能性もゼロとはいえません。
損害賠償リスクを避けるために気をつけたいことについて解説します。
顧問弁護士がいる退職代行業者を選ぶ
退職代行サービスの利用を検討する際は、顧問弁護士が在籍する業者を選びたいものです。
退職代行だけであれば弁護士でなくても「使者(メッセンジャー)」として対応可能ですが、退職先から損害賠償請求を受けた場合の対応は法律行為となり、弁護士以外の対応が許されていません。
不確かな法的解釈で損害賠償に対応することで、不必要な債務を負わされるリスクが高まりますし、弁護士以外の対応が発覚した場合に、非弁行為を依頼した退職者が不利な局面に立たされる恐れも高いです。
反面、顧問弁護士が在籍していれば、このようなリスクを回避することが可能です。なお、未払い賃金や和解金など会社への請求額が120万円以内であれば、特定社会保険労務士にあっせん申請(ADR)を依頼して退職確定を目指す方法も残されています。
弁護士に依頼する
退職代行サービスを利用せず、直接弁護士に退職交渉を依頼する方法もあります。損害賠償請求への反論をはじめ不払い残業代の請求、ハラスメントに関する慰謝料請求など、あらゆるトラブルに対応できる点が心強いです。
法テラス
退職代行サービスと比べて費用が高くなるケースが多いですが、法律相談や訴訟手続きの費用を法テラスから立て替えてもらうことができるので、退職時点で手持ちのお金が少なくても大丈夫です。
初回相談を無料とする弁護士も増えているので、退職を検討し始めた段階で労働問題に強い弁護士を探すとよいでしょう。
会社にとってなるべく損のないよう辞める
会社が従業員に「退職するので明日から出社しない」と突然表明された時、真っ先に気になるのは今後の業務の進め方です。既存の資料などから業務状況の調査が必要になったり、業務分担が変更されたりすることで、残された仲間の負担も大きくなります。
一方、業務引継ぎの準備をしておけば会社への損害を少なくすることができ、損害賠償を通じた報復を思いとどまらせることができるかもしれません。在職中に水面下で取り組める2つのアクションについて説明します。
引き継ぎ資料を作成しておく
後任者がスムーズに業務を進めるためには、引き継ぎ資料のわかりやすさが重要な鍵です。
スクリーンショット等の画像を用いてマニュアル化しておけば、業務の可視化にもつながる他、部下に仕事を教える材料としても活用できます。退職目的での資料作成を疑われた場合でも「私が休暇中でも業務が回るようにしたい」等と言い訳することもできます。
ただし、自宅に持ち帰って資料を作成することは情報漏えいのリスクが伴う他、就業規則違反に問われる恐れがあるので注意が必要です。実際に情報漏えいが発生した場合は、損害賠償を受けるリスクが高くなります。
部下がいる場合は仕事を教えておく
部下や後輩がいる場合は、口頭や簡単なメモで仕事内容を伝えておくのも効果的です。
翌日にでも退職したい場合や引き継ぎ資料を作成したくない場合でも、自分が担当していた業務の内容を周囲に伝えておけば業務への影響を軽減できます。
退職の原因となった人や上司が見ている中で業務を教えると、業務指示違反という評価を通じてハラスメントを受ける恐れがあるので、昼休みなど1対1で話しやすい時間に教えるとよいでしょう。
上司等からの退職妨害を確実に防ぎたい場合は、部下に仕事を教え切った後に体調不良等で早退し、翌日に退職代行を通じて退職申出を行う方法もあります。
損害賠償のリスクはほぼないが引き継ぎ資料は作成しておこう
これまで説明したように、退職後に発生した業務上の問題は会社の責任で解決することが基本と考えられるので、退職者に損害賠償を求められる可能性はほぼありません。ただ、退職後の電話・メール等での連絡や出社要請を回避するためには、引き継ぎ資料を作成しておくことが賢明です。
必要最小限の資料さえ作成しておけば、一般的には引き継ぎ義務を果たしたものと評価されますし、会社を裏切った等の感情のもつれを軽減する効果にもつながります。
就業規則で業務引き継ぎ義務が定められていても、引き継ぎを行わないことが理由で懲戒解雇となる確率は解雇の合理性から考えて極めて低く、給与カットになることもありません。
万一、退職後に経済的な不利益が発生した場合は、速やかに弁護士に相談することがトラブル拡大を防ぐためには大切です。