元バンドマンで年商3000万の起業家エンジニア、上場企業への転職・フリーランスの異色の激動人生

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バンドマン、ホストなど “水物” でもある職業。人気が出れば大きな収入や地位や名誉を手にいれることが出来るが人気が出なければその先のキャリアは暗闇だ。バンドマンであればバックバンドの演奏者か、音楽教室で教える系の職種など、その他、音楽に関連するの職種に就くことはできるだろう。しかし、音楽系の業界や職に就くハードルもある上に安定とは言い難い。

そういう背景のある中で、元バンドマンで全国をライブで回った経験を持ち、20歳で起業、個人事業主を3年ほど経験し、法人化。順風満帆な成長を描き、人を雇い会社は伸びているように見えた中での廃業。そして、上場企業にエンジニアとして入社し、3年勤めて、フリーランスのエンジニアとして再度独立。

異色のキャリアを歩むフリーランスエンジニア・起業家にインタビューを行った。

バンドマンのキャリア・人生は大変。歌舞伎町で土下座した事も

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— バンドマンから起業、エンジニア、フリーランスと異色ですが、バンドマンはどれくらいやってたのでしょうか?

バンドは高校生くらいから行っていました。実際は高校には行ってないので、15~16歳くらいからでしょうか。ライブをやる場所としては、東京出身なので、都内のライブハウスなどを回っていました。今は30代前半なのですが、当時ロックバンドが好きでロック・ビジュアル系の音楽をバンドではやっていました。段々人気が出てきて、小さい箱ではありますが全国を回るようになりましたね。

— バンドとして順調に見えますが、なぜ辞めたのですが?

20歳になって、バンドの方向性や将来を考えたときにこのままではいけないと思っていました。バイトをしながらバンドをやっていたのですが、”将来もこのままでいいのだろうか” と漠然とした将来への不安もありました。この時から将来を意識した動きをするようになってきました。

— バンドでモテた、やばいなどのエピソードがありましたら教えてください

昔、19,20歳くらいに付き合っていた女性がいたのですが、その女性がほかのバンドの場所とりをしていて、いわゆる「キャンパー行為」をしていたのです。

その時のバンドのボーカルの彼女と一緒に二人でやっていたのですが、その行為が様々なバンドを取り締まっているようなお局さんのような方の逆鱗に触れてしまって、私の当時の彼女と、ボーカルの彼女の二人が歌舞伎町の今は映画館になっている近隣のカラオケ店に呼び出されたのです。

これはやばいと思って、カラオケ店にボーカルと私の二人で駆けつけると広めの個室で彼女の二人がお局の激怒に対して土下座して謝っていました。

入ってみるとお局が私の知り合いだったので、「あなたなにしてるの?」と言われて少し謝りを入れてその場をおさめることがありました。歌舞伎町で土下座をするという経験はもう2度とないと思いますね。笑

バンドに終止符。将来を見据えてネット事業を考える

— 将来の動きとは具体的にどのような動きをし始めたのでしょうか?

実は、学歴的に中卒だったんです。中卒で20歳。バンドをやっていてこれまでバイトと並列していたのでほかになにもやっていませんでした。そんな人が普通に会社に入れる、入ったとしても昇進していけるイメージが全くなかったんです。だから自分でやっていくしかないだろうと考えていました。

そして、自分でやっていくとするならこれから確実にネットがくると思っていたので、「 とにかくインターネットで何か事業をやろう」となりました。

インターネット関連事業・アフィリエイトメディアで起業、年商は3000万円を超す

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— ネット事業で稼ごうとして最初はどのようなことを始めたのですか?

最初に検索をしていて、「アフィリエイト」という言葉に行き着きました。今はアフィリエイトも一般化してきて、普通にブログサービスなどでもAmazonや楽天市場のリンクを入れることによってそこから商品を購入されたり、何かが売れたりすれば、その数%が広告費としてもらっているという人も増えてきましたよね。

当時10年ほど前は、まだまだアフィリエイトも普及していませんでしが、これは元手がかからないので最初に始めるには良い事業だと考えて始めました。

— 最初からHTMLやPHPなどのプログラミング技術はできたのですか?

もちろんわかりませんでしたよ。笑 でも個人事業主としてとにかく稼がないといけないし、せっかくやるなら大きく稼ぎたいと思っていました。これは、「どうせやるなら大きくなりたい・地位や名誉を得たい・売れたい」と考える、バンドマンの人などはわかるかもしれません。

なので、プログラミングなどは初心者で完全独学でしたが、アフィリエイトをやりながら学んでいきました。もうやるしかありませんでしたからね。

— アフィリエイトは事業としてどのように拡大していきましたか?

アフィリエイトはサイトを作ってひたすら儲かりそうな大きな報酬が得られる業界にフォーカスしてやっていました。金融、人材、美容系の商材など幅広くあります。

これらの商材は商品が購入されたり、会員登録された場合の「成果報酬が高い」から選択しました。ほかにも色々ありましたがこれらが主にやっていたことですね。

また、途中からアフィリエイトを同じように初めていきたいという方のためにコンサルティングをする事業を開始して、そちらを始めてから収益が安定し始めました。

3年くらいは個人事業主して運営していのたですが、事業が育ってきたので、法人化しました。その時点ですでに3000万程度の年商はありましたね。

法人化のミス。売り上げ減少。行き詰まり

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— 法人化してからの事業の推移を教えてください

法人化して従業員を雇い始めました。元々やっていたアフィリエイトのメディア事業とコンサルティング事業で売り上げを立ててましたが、徐々にSEOが弱くなってきました。というのもインターネットが普及するにつれてライバルとなるメディアが増えてきたからです。そうなるとメディアとしての売り上げが下がってきたので、コンサルティング事業一本に絞ることになりました。これがミスでした。

— アフィリエイトのコンサルティング事業だけになって売り上げはどうなったのでしょうか?

コンサルティングは最初はうまくいっていました。しかし徐々にコンサルティングの仕事も少なくなっていきました。SEOとしての実績も足りなくなってきて、苦しい中でコンサルティングするということに対しても辛さがありました。そこからコンサルティング事業だけでは成立しなくなり、従業員をクビにせざるを得ない状況になりました。

この時は人生でもかなり辛い経験となりました。今でもそのことを思い出したりします。

— 事実上廃業してから上場企業に入るまでの流れを教えてください

上場企業に入る前に1度ほかのスタートアップのCTO職についていました。これまでの経験がありましたので技術と経営のスキルを活かせるということで海外でのオフショアの受託制作をやっていた企業で、ほかにもメディア事業をやろうということでやっていました。

しかしそこでも問題があったのです。社長は人がよくてプレゼンテーションが上手かったので資金調達をしました。資金調達をしていたのですが、中々事業が大きくならず投資家から調達した金額を減らしていきました。

インターネットの事業にあまり理解のない個人投資家だったので、インターネットメディアの流れやともすれば博打のようなものだということがわからず細かく要求してきたというのもあって、事業が二転三転そしてうまく行かなくなりました。

人をまた解雇したり、減ることになって私も辞めることになりました。そこからの上場企業への転職です。

上場企業のエンジニアとして新しい人生。再度Webフリーランスエンジニアとして独立へ

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— 上場企業のエンジニアとして、どのような働き方をしていたのでしょうか。

インターネットメディアを多く運営している企業でした。様々なソーシャルゲーム、広告代理事業、メディア運営など幅広く事業展開していて、私はソーシャルゲームのフロントエンドエンジニアとして働いていました。最初は、エンジニアとして技術力向上させるために努めていて、これまでの経験もあったので事業的な側面からどのようにプロダクトを伸ばしていくかまでセットで進めたりしていました。

それが評価されてシステムの責任者のような形になっていきました。システム責任者は、一つのプロジェクトの事業面・システムの両面を見なければいけないので求められるものは高かったですが、やりがいがある仕事でした。

しかし、プロジェクト自体が80人と大きな規模になってきて、サービスも大きな金額を生むようになったので新しいことをやりたいと考えるようになりました。

— 新しいことはどのようなことでしょうか?

また、自分で事業を作りたい、会社を作りたいと考えるようになりました。昔の経験もあったのですが、自分は好奇心旺盛でチャレンジしていきたいタイプなので止まっていることが無理だったのです。なので、新しいチャレンジをすることに決めました。

上場企業からフリーランスエンジニアへの道

— フリーランスエンジニアになるときに不安はありませんでしたか?

全くありませんでした。既にやめるときには色々調べていました。フリーランスの仲介業者が数多くあることで、収入面は不安はないと考えていました。上場企業時代にも採用面で使わせていただいていたフリーランスの仲介業者であるレバテックさんに、自分がフリーランスになってからお世話になるとは思いませんでしたが。笑

レバテックさんから実は前職を紹介してもらって、奇跡的に前職にフリーランス(業務委託契約)で戻ることになったのです。前職で評価していただいていて、また戻ってきてほしいということもありましたし、私も慣れている環境の方がスキルが生かせて、なおかつ自分の事業にも集中できる環境だと考えたからです。

うまくいっているように見えますが、自分の事業の方も成長させたいのでまだまだ足りてない部分が大きいです。しかし正社員時代とは異なり「事業を成長させよう」という思いもありますが、仕事はしっかりやるけど自分の事業にコミットしようと思えたことが、フリーランスとして独立したメリットですね。あとは、正社員時代よりも給料が1.7倍くらいになったのが良かったです。

フリーランスになるメリット

  •  自分の事業にコミットできること
  • 正社員時代よりも給料が1.7倍になったこと

— すごく順風満帆に見えますが、アグレッシブにチャレンジして信頼を積み重ねてきた結果ですよね。ありがとうございます。

レバテックフリーランス

フリーランスの仲介サイト・エージェントの評判・口コミまとめ

フリーランスを目指すエンジニア、起業したい人へひとこと

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目標を高く置いてそれに向かって、生きることだと思います。自分は理想を描くタイプでそれに向かって全力で努力します。努力といってもそれを楽しむことが大切です。昔は「会社を作ってお金を稼ぐぞ」と考えていましたが、今独立した理由は「 好きなことを事業にしよう」という理由です。

ある程度収入が貰えるようになったからというのもあるかもしれませんが、私は理想や感性・感覚を大切にしています。だから、「自分がこうなりたい」という絵があるならそれに向かって計画を立てて努力することだと思います。

そして、計画を立てて、覚悟を決めて飛び込んでみると意外とクリアできるものですよ。起業の時もそうでしたが、昔は本当に何もありませんでした。

技術も、収入も、人脈も一つもありませんでした。そこから、自分でサイトを作って、勉強して、なんとかやってきました。バンドマンで、中卒でも努力次第でなんとかなります

だから、理想の姿があるのであれば、思い切ってチャレンジすると良いと思います。プログラミングを学習しておくことは最大のアドバンテージになりますし、これから一般化するのでプログラミングを学習してエンジニアを目指すでもいいですし、そのスキルで起業してもいい。

プログラミングの技術があれば、最悪どこででも仕事ができます。私は世界各国を回りながら暮らしたいので、プログラミングの技術があって本当によかったなと今でもよく思います。

プログラミングスクールの料金特徴徹底比較ガイド

教育給付金・少人数制など特徴毎のおすすめのプログラミングスクール・教室の一覧 

なので、将来を見越して、何で稼いでいくのか、自分は何をしたいのかを考えてチャレンジしてみてくださいね。

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Rplay転職チーム

Rplayの転職・フリーランスに関する情報をお伝えするアカウントです。中の人は上場企業でエンジニアをしつつ事業主をしています。エンジニアの転職やフリーランス、事業構築などの記事を書いていきます。

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